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梅の花&三津五郎

Author:梅の花&三津五郎

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15年

晴天に恵まれたシルバーウィーク
最終日です。
みなさんはどんな休日になりましたか?


DSC05967.jpg



今日は飼い主も三津五郎まったりしておりました。


IMG_5236.jpg




IMG_5238.jpg




ブログをアップしようとPCをひらき
何気にYAHOOを見たら驚きのニュースが。

元気の塊、いつも背中をど~んと押して
「がんばんなさいよ!」と言ってくださっているような北斗晶さん。

乳癌を告白されました。

ブログを拝見して涙が止まりませんでした。



実は私も乳癌経験者です。
北斗さんのブログを拝見して当時のことを
思い出しました。


以下長文なので、スルーしてくださって結構です(苦笑)




職場の人間ドック。
オプションでお願いした乳癌検診。

女医さんでしたが
それはそれは丹念に丁寧に触診してくださいました。


「ちょっと気になるんですよ、しこりが。
紹介状書きますから乳腺外来へ行ってください」


昼食付(確か中華)だったのですが
まったく喉を通りませんでした。
頭が真っ白、目の前真っ暗というのは
ああいうことなんでしょうね。

食事には手を付けず、すぐに近くの書店に飛び込んで
乳癌に関する書物を数冊購入して
むさぼるように読み
紹介状を手に自宅近くの総合病院へ駈け込みました。

「細胞診をしましょう」と言われ
さいぼうしん???
それは何なのか、どういうものなのかと聞くこともできず
なすがままされるがままでした。

「細胞診」とは
がん との区別が必要な場合に
しこりに細い注射針を刺して細胞を吸引して調べるものです。

結果が出るまで
人気のない病院の廊下でぽつんと一人で待っていました。

結果は
「良性か悪性かはっきりしないので、とりあえず切らせてほしい」と。

ここで私の脳細胞が一気に覚醒しました。

ふざけるなよ!
どっちかわからないからとりあえず切らせろ?!

さっさと帰宅しました。

そして、乳癌、乳腺外来で有名な病院を調べ
予約を取るために電話をしました。
1か月先まで埋まっていたのですが
運良く、本当に運良く
翌日の朝9時にキャンセルが出たとかで
見ていただくことになりました。

早朝の人間ドックから
ここまで一気に進めました。

不思議なもので
その夜はしっかり眠れました。
家族にはまだ何も話していません。

そして翌日。
自宅から病院までは約2時間。

触診をして、マンモグラフィーとエコー検査なのですが
マンモもエコーも予約でびっちり。

でも、先生は
「遠いのにわざわざ来たのだから、なんとか割り込みで
一人お願いできない?」と看護師さんに話してくださっていました。

考えてみれば
なんだかここまで、運がいい。
順調だ。

ひょっとしたら無罪放免かも、と思っていました。


すべての検査を終えて診察室に戻ると

「初期ですが乳癌だね。間違いない。
手術は温存で行きましょう。
できれば早く入院してください」

ズバッと直球です。

あの・・・
息子が中学受験なので
2月の試験が終わってからではだめですか?

ちなみに告知されたのは10月です。

「だめだめ、それはだめだね」

(ですよね)

それから受付で入院手続きをして帰宅しました。



その夜、初めて両親と夫に話をしました。

いつも気丈でどんなことにも動じない母が泣いていました。
父はずっと黙っていました。
夫は「そうかぁ」と言うのが精一杯のようでした。


「代わってやりたい」と母が絞り出すように言った時
張りつめていた気持ちが一気に崩れて
自分はとんでもないことになったんだなぁと思いました。
でも、涙は出ませんでした。

絶対に治してすぐに帰ってこれる。
根拠は何もありませんが
なぜだか自信があったのです。

当時息子は小学校6年、12歳です。
北斗晶さんのご次男も同じくらいでしょうか。

翌年2月の中学受験に向けて
毎日遅くまで勉強していました。
私がここで倒れたら、塾の送り迎えもお弁当も
何もサポートできなくなる。

だから手術したらさっさと帰ってこなきゃ!

息子には体調がよくないので入院するとだけ
何も心配しなくていいから
詳しいことは一切言いませんでした。



入院当日は、母が付き添ってくれましたが
自宅を出てから病院までの2時間
一言も話をしないのです。
あんなにおしゃべりで元気な母が。
多分、何か一言でも発したら
押さえている感情が一気に溢れ出してしまうから
だから我慢しているんだろう、と思いました。

実は私は直前まで
違う病気でいくつか薬を飲んでいました。
全身麻酔をする際、ちょっとよくないとのことで
薬を体から完全に抜くために
入院から手術まで少し時間がありました。

体力をつけるために
時間があれば病院の階段を1階から屋上まで
上り下りしたり、院内を散策したり。

お友達もできました。
こっそり病院近くの喫茶店に行って
(パジャマですけどね)
おしゃべりして気分転換していました。


そして手術当日。
夫が来てくれたのですが
手術室に入る前に
ま、色々やることがあって(浣腸とかね)
トイレを何往復かして、ヘロヘロになって戻ったら
夫は病室で気持ちよく爆睡していました。
きっと心身ともに疲れていたのだと思います。


さぁ、いざ出陣!!

手術室へ入る際に夫は
「がんばれよ」と言って送り出してくれました。

麻酔室に入ったら
ロックがガンガンにかかっていました(驚)

「ゆっくり数をかぞえてくださいね」と言われ
いち・に・さん・・・・で気絶??



執刀してくださった先生に強引に起こされました。

「終わったよ、大丈夫だよ。全部取ったからね。」
はいはぁ~い・・・・と言ったような言わないような。

全身麻酔の後は頭痛と吐き気が辛かったです。
熱も出ました。
一晩中うなっていたと思いますが
翌朝にはすっきり、一般病棟に戻りました。

同じ病室のみなさんは気さくな方ばかりで
夜もこっそり私の様子を見にきて
お声をかけてくださいました。

「おかえり~」とお出迎えしてくれた時は
Vサインで「どうもどうも」と。
(本当に癌患者か?)

乳癌は左、温存手術でしたが
リンパ節も切除しました。
そのため、術後は左腕が全く上がらなかったのですが
看護師さんに教えていただいた体操を必死でやって
階段の上り下りも欠かさず
1週間で退院しました。

帰宅後3日間は母に甘えてのんびりしましたが
少しずつ家事に復帰(苦笑)
息子のサポートにも戻りました。

乳房温存手術+放射線療法+ホルモン療法
と言われていたので
年が明けて、早々に放射線治療を開始。
毎日2時間かけての通院は
今思えばしんどいことなのですが
当時は必死でした。

そして2月1日から3日まで中学入試。
もちろん付き添いました。

最終的に第一志望の学校に合格し
入学手続きをした後、倒れこみました。

そして、ホルモン療法。
4週ごとに1回、皮下脂肪内に注射するもので
外来通院で治療しました。
(3年かかりました)
副作用でほてりとめまいがきつかったです。

以降は半年に1回、そして1年に1回の検診。



あれから15年。
15年経ちました。



私が韓国の大学へ語学研修のために
短期留学をすることになって、数週間家を空けるので
両親、夫、息子と食事会をした際
(息子はもう大学生になっていましたが)

「癌になった時はもうどうしようかと思ってね」と母が切り出して
「今じゃ韓国?韓流おばさんだからね」と父が笑い
「あちこち飛び回っているくらい元気ならそれでいいよ」と息子。

そして夫が

「本人が一番辛かったと思うけれど
あの時は僕らも辛かったんだよ」と言った時
私は初めて号泣しました、隠れて・・・・トイレで。

癌かもしれないと言われた時
実際に告知された時も決して泣かなかったのに。


家族って凄いね、ありがたいです。


そして語学研修から帰国して
ずっと待っていてくれたように
我が家のベランダに現れた三津五郎との出会い。


そんなこんな・・・思い出しながら
三津五郎のためにも健康でいなきゃ。
今日も二人(笑)は仲良しです!!


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北斗さん・・・・負けないで!!









*** お知らせ ***


にゃん友さんのレイナさん 
神戸で猫ちゃんの保護活動をされています。

MY CAT kobeのチームTシャツが完成したそうです。

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1枚売れるとデザイン料がレイナさんに振り込まれるシステムで
売上のすべてが活動費になります。
私も応援させていただきました。
Tシャツがご入用の際はどうぞよろしくおねがいします!!

こちらから → 

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またスマホからの場合、UTmeアプリでmikireinaと検索していただくと
ヒットするそうです。

レイナさんのブログAs time goes byはこちらから → 







*** 今月の予定 ***

5日 ママ友会
8日 乳がん&子宮頸がん検診
10日 食事会
12日 映画(猫侍)
13日 墓参
19日 飲み会



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次回は5000拍手★
三津五郎からプレゼントを!!!!
「5000拍手した方は、名乗り出てほしいでやんす」
コメント欄でもメールでも
こそっと鍵コメでもOKです。


集まれ“ヘソ天倶楽部”入部者募集中。
ヘソ天倶楽部参加表明をされましたら、左下にあるメールフォームから
入部希望のにゃんこちゃんのお名前と男女別をお知らせくださいね。
折り返しご連絡させていただきますので
これぞヘソ天って写真を添付でお送りください。
お待ちしておりまぁす!!



ご訪問いただき、ありがとうございます。
暖かいコメントを残してくださって
三津五郎、飼い主共々感謝しております。
お返事もままならないので、大変心を痛めております。
皆様からのコメントは、本当に楽しく拝見させていただいております。
只今、皆さまのブログへの訪問をもって
個別のコメントにかえさせていただいております。




***旧・三津五郎ブログは↓みっちゃんをぽっちっとね***
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Comment

No title

そうだったんですね
15年前 梅の花さんの的確な判断と いくつかの幸運
そして支えてくれる家族
それらがあったから 今の梅の花さんなんですね

北斗さん がんばって 元気にもどってきてほしいですね
きっと大丈夫ですよね

No title

おはようございます。。
15年前、そうだったのですね。。
そして、素晴らしいご家族をお持ちですね。。
癌闘病は大変だったでしょうが
家族との絆は深まったような気がします。。
そして、三っちゃんとの出会い☆
これからも家族や三っちゃんの為にも健康で長生きしてくださいね^-^
そして、大いに人生を楽しみましょうね^o^

No title

経験者だったんですね~ 私もです^^;
今は 半年に1回の検診です。7年くらい経ちましたかね~
私の場合 母が乳がんで 遺伝率高いというので 自分でみつけましたよ^^v (笑)
母のことがあったからか? なったものは考えても仕方ない!って感じで受け止めました・・・
母の病室に「30代初期で子供もまだ小さい時に乳がんになって その後あちこち転移して・・・」と言う70歳くらいの方がいらっしゃったのも 勇気になったかも・・・

No title

梅の花さんの15年分の思いが
わたしの中にも流れ込んできて
一緒に泣いてしまいました。
本当に素敵なご家族だと思います。
そしてお母さまお父さまの存在も大きいですね。
きっとみっちゃんは天から与えられたご褒美だったんだと思います。
よく頑張ったね、もうなんの心配もいらないからね、という。
きっと北斗さんも戻ってきます、そう信じてます。
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